「三代目、りちゃあど」東京芸術劇場

野田秀樹潤色の言葉遊びあふれる、リチャード三世を、シェイクスピア(作家)とシャイロック(作中人物)の戦いという、現実と虚構の、どっちから見たらどっちが正しいの?的なお話。

日本語オンリーで突っ走られても、頭がついていくのが精いっぱいな野田作品なのに、今回は、オン・ケンセン演出で、英語、インドネシア語には字幕がつき、日本語も歌舞伎、狂言、方言の三様も。舞台装置はほとんどないのだが、デコラティブな白を基調とした衣装と、照明、映像が流れ、頭をめぐることばとともに、終始一貫して眩惑的だ。

何より、男女の別もあいまいにされていて、主役のりちゃあどが、女形の中村壱太朗で、彼は美しいまま中性な感じなのだが、江本純子はまあ男役なのでひげもわかるが、たきいみきは妻とかの女役なのにひげをつけている。動きもスタイルも女性的でひげ、というのが、すっごく違和感で、それは、芝居を観る時、自然と脳が「この役は男、これは女、これは子供・・・」などと、カテゴライズして記憶し、話の筋道をたどったり先回りしたりしようとするからで、一人何役かをこなし、男女別が混合すると、脳が混乱するからのようだ。同じ舞台で三か国語が、飛び交うのも初めての経験で、近未来っぽい衣装とあっていたとおもう。

壱太朗が、声といい可愛らしさといい、華があった。シェイクスピアの弟役の時など、本当にかわいくって、「これじゃ、お母さんが弟の方をかわいがっちゃうよな」と、シェイクスピアがかわいそうになったほどだ。

シャイロックのジャニス・コーが、小柄なのに、実に鋭利な視線と動きで、少年のような活躍ぶり。彼女の英語だと、解らなくても解ったような気がするほど、うまかった。

久世さんと、江本さんの使い方が、いまいちだったように思う。もっとはじけた演技ができる人たちだと思うだけに残念だが、演出方針なのかなあ?久世さんにはヅカ出ということなのか、昭和歌謡曲を歌うシーンがあったのだが、もっと客席がわくように謳い上げてほしかった。でも、ワスレガタミ役の時の久世さんが、王子様っぽくて、かっこよかった。

シェイクスピアとりちゃあどは、蛍光の口紅で、この口紅でおばQに見えないのは芸の力か、と。狂言方の茂山童司の発声の正確さはさすがで、あの野田本を、よくあれだけ聞かせてくれる。この二人の軸のぶれなさは、見ていてさすがだ。

たきいみきちゃんの、美しさは、ひげつけてても美しい。声が綺麗だし。

面白かった!!ので、帰宅後、野田脚本を読んでみた。当時の配役が知りたくなった。しかし、脚本読むと改めて、オン・ケンセンの再構築ぶり、特に、複数役のまぜかたが面白いなあと思った。それは、アジアの伝統芸能をコラボするという彼の思想が、深く野田の作品に感銘・感化されたというこの機会をもって、怒涛のように花開いた結果なのかもしれない。

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ふつうの人並み

ふつうの人みたいにできない、ってすぐ落ち込んできた。「ふつう」って怖い言葉だ。元気な人もいれば、病気の人もいる。持病があっても元気に外出できる人もいれば、家から出られない状態の人もいる。その人それぞれの、その年齢それぞれの「ふつう」があるはずなのに。

元気で仕事ができて、人と明るく話せて・・・ってできたら、それは逆に「ふつう」じゃなくて「理想」になっちゃってるのに、「理想」を「ふつう」と思い込んでしまう。そうなると、脳は、その判断基準で、それ以下の状態の自分を責めるようになるんだなあ。

自分の身体の状態に波があって、できることとできないこと、できる時間が限られてることを、嘆かないで、「できることがある」方を喜びたいな。

ちょっとしたことができても、すごくうれしい!逆にそれほどの喜びは、私が思う理想的に元気な人たちでは味わえないんだから。と、思っちゃってもいいのだから。

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ドン・ジョバンニのあとで

北とぴあ内の、キリンシティに行くと、オペラ帰りの紳士淑女が一杯傾けに集っている。のどを潤しながら、観たばかりの舞台の話をするのは格別だ。そして・・・隣席の話が聞こえてくるのも、ひそかな楽しみである。

「3時間もあるんだからさ!そりゃ寝ちゃうよ!」と豪語する男性に、品よく微笑む女性。そうですよね(^^)/眠く無くても、いい声にくらっと睡魔がきたりするんですよねー。うなずきながらビールをのむ私。

ビール屋さんというイメージのキリンシティだから、我々はビール頼んだんだけど、隣席と隣の隣の席は、ワイン。慌てて?メニューを再チェックすると、ワインもたくさん載っていた。やはり、オペラの後はワインな気分だったのかな。どっちのカップルも赤ワインだったのが、ドン・ジョバンニな感じだ。やはり、肉で赤ワインだろう。「なんという食欲!」とレボレッロに歌われるシーンがあるくらいの、ジョバンニだ。我らがビールだったのは、帰宅後、赤で肉の予定(前夜の残り?)があったからだ。ふふ。

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