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愛と死と哀しみについて、メモ

いろいろと、つらいこともあった。楽しいことを、綴りたい、というのが、自分の意志なら、がんばって、楽しいことを書きたい。が、客観視する為に、メモ。

愛はいつも凄絶だ。

私は、今までも、たぶん、死ぬまで、いろんな人にお世話になって、迷惑かけていくだろう。

だから、できるだけ、友達とか知人は減らしていこうと思っている。

誰にも連絡しないですむし、誰かに悲しんでもらえるような人間ではないからだ。

上野千鶴子先生のおひとり様、とか読むと、友達のネットワークがしっかりしていれば、おひとり様十分OK!なのだが、人間として大きく損なわれている私は、友達もほとんどいない。

いないのが、寂しいと思う時もあるが、仕方ないなと思う気持ちの方が強い。

でも、ブラッドベリの霧笛だったか、湖に一個体として生き残った恐竜みたいな生物と似たようなものだと思えば、そういう生物は地球上だけでもいっぱいいるわけだし、ふつう?

しかし、もっと一般的なひとたちは、死をあまり意識しないで愛することが多く、愛しているひとが亡くなった時の哀しみは、言葉にならない。

繰り返す「どうして」と、繰り返す「何かできたのでは」という自責と、ただ涙だ。

地震でも津波でも病気でも事故でも寿命であっても、愛しているひとがいなくなることは、ただ、つらいことだ。

いろいろなつらさがあり、乗り越えていかなければならないことでもある。でも、その手段はひとそれぞれでいいのだと思う。

愛はいつも凄絶だ。美しい深い愛ほど、深い哀しみを伴っている。だが、哀しみを恐れて愛さないのは愚か者だ。

愛は人間の、美しい、なにかだ。

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